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あつさのせい?

今日の絵本はこちら

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           「あつさのせい?」   スズキコージ   1994年   福音館書店 




今年の夏は、あまり暑くなかった。
暑さに弱い私にとっては十分に暑かったけれど、
こんな暑さじゃ物足りないという人は多かったに違いない。
ならばコージズキンで暑さを満喫といこう。

「絵本の魔術師・スズキコージ」の手にかかれば、冬の赤城おろしだって熱風と化す。
キョーフのアツクルシ絵本、「あつさのせい?」。暑いのがダイキライな私の、ダイスキな一冊。
一度入ると抜けられない、被虐的に欲しくなるコージズキンの魔の世界。


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でも私、今年気づいたことがある。
今まで何でも、「あつさのせい」にしてきた。
暑くって何も食べたくない、何もしたくない、
寝てるのが精一杯、ビール飲まなきゃ生きてらんない・・・
でも暑くなくても、やっぱりビールを飲んで、暇さえあれば寝転んでいた。
どうやらこれは、「あつさのせい」ではなさそうだ。

ならば、馬のはいどうさんが駅のホームで帽子を忘れてヒヒンと電車に飛び乗って、
帽子を拾った狐のとりうちくんが自分のイカス姿にうっとりして篭を忘れて、
篭を拾った豚の三吉が風呂の道具が入っていたので風呂へ入ってシャンプーを忘れて、


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・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

ハンカチを拾った熊ののぶこさんがネッカチーフにして狐のとりうちくんとデートをして、
二人とすれ違ったはいどうさんが、
さっきの狐が被っていた帽子は自分のなくしたのとよく似ているな、
いやいや、あつさのせいでそう見えたんだと、会社に戻って行ったのは、
本当に、
「あつさのせい」だったのだろうか?
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by haruno-urarano | 2009-08-26 16:13 | 日本の絵本

再出發

今日のお歌はこちら

 

                     任賢齊:再出發


     



なんだ、私にも貼れた、簡単に貼れるんじゃない!


これは応援歌!もう何千回聞いたか知れない。ひょっとして何万回かも知れない。


よし、明日もまた、再出発だ!
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by haruno-urarano | 2009-08-23 17:57 | 音楽

もりのなか

今日の絵本はこちら

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                           「もりのなか」 
               マリー・ホール・エッツ 文・絵 / まさき るりこ 訳
                         1963年 福音館書店



きのう、「森ガール」という言葉を初めて知った。

森にいそうな女の子?

クマみたいな、毛むくじゃらで逞しそうな女の子かな?

「蒼井優」、「宮崎あおい」・・・みたいな人らしい。

蒼井優?知らないや。

宮崎あおい?

最初、「宮里藍」と間違えた。やっぱり逞しい子のこと?

でも、クマさんとは、ちょっと違うよ~?

ああ、「宮崎あおい」って、大河ドラマに出てた子だ!

なるほど!おサルさんみたいな女の子のことね。

最近はおサルさんが人気なんだ。可愛いもんね、リスザルなんて大好き。



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サルなら森にいて 不思議はない。

宮崎あおいが森にいるのなら 森にゾウやカンガルーがいても おかしくない。

少年は 森で いろいろな動物と遊んだ。 

その森は モノクロームの森。

色は自由につけていい。



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森で ライオンたちと かくれんぼうをした 少年も

やがて 森で 赤ずきんを 見つけるだろう。

もっと 時がすぎて 冬のように枯れるころ

元少年は 森で 何を見るだろう。


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その森は どんな色に 育っているだろう。
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by haruno-urarano | 2009-08-22 09:58 | 翻訳絵本

こぶとり

今日の絵本はこちら


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             日本むかし話7 「こぶとり」  瀬川康男・絵  松谷みよ子・文  
                        2003年 フレーベル館



みなさんの知っている「こぶとり」もしくは「こぶとりじいさん」は、どんなお話ですか?


私の昔読んだのは、こんな話でした。

むかしむかし。
ある所に ほっぺに大きなこぶのある お爺さんがいました。
ある日 お爺さんは山へたきぎをとりに行きましたが、雨に降られてしまいました。
木の洞で雨宿りをしていると 外はすっかり暗くなってしまいました。
やがて どっし どっし と足音をさせ
鬼たちが集まってきました。
鬼たちは 洞の中にお爺さんがいるのも知らないで 酒盛りをはじめ
楽しそうに歌ったり 踊ったりしました。
お爺さんは踊りが大好き。自分も踊りたくて仕方がありません。
えい!っと思い切って鬼の前にまかり出て 自慢の踊りを披露しました。
あまりの上手さに鬼は大喜び。
「爺さん 明日の晩も来ておくれ。それまでこれは預かっておくぞ。」
スポン! お爺さんのこぶを きれいさっぱり もぎ取ってくれました。
お爺さんは大喜び。
家へ帰ると みんなに山での出来事を話して聞かせます。
それを聞いた 隣に住むお爺さん。これまたこぶあり爺さん。
こぶを取ってもらおうと 代りに山へ出かけます。
ところが下手な踊りに 鬼は立腹。
「帰れ 帰れ。ほら、預かり物は返してやるぞ!」



一方、松谷&瀬川コンビのこのお話はというと。


「むかしむかし ある所に」
うん、ここまでは同じ。

「ほっぺたに こぶをつけた じいさまが ふたり いてねぇ」
ほう。最初から二人だ。

二人のじいさまは 会うたびに こぶが邪魔だと嘆いておったそうじゃ。
それでついに 神さまにお願いしにいこうや という話になり
米や味噌をしょって 山のお堂に籠もったんだそうじゃ。
すると ある夜のこと。
遠くから 笛の音 太鼓の音 お囃子が聞こえてきたんじゃ。
音はどんどん近くなる。 じいさまたちは おっかねぇよう と震え上がる。
ついに。
ぐわらっ と お堂の戸が開いて 大きな 天狗どもが入ってきた。
とれれ とひゃら すととん・・・
と お囃子ばかりなのに 天狗も飽きてきてねぇ。
「つまらんなぁ、お囃子ばかりで 舞い手がおらん」
「だれか 舞い手は おらんかなあ」
ちょうどそのとき じいさまたちは 天狗に見つかってしまったんじゃ。
「ちょうどいい。 じじい ここへ出て 舞え 舞え」

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まず ひとりのじいさまが つかまった。
じいさまは 怖かったけんど 笛や太鼓が始まると あら不思議。
ひとりでに 手足が上がって お堂狭しと みごとに踊ってみせたのじゃ。
天狗たちは大喜び。だがひとつだけ 気に入らぬ。
「お前の ほっぺたに ついている そのこぶが 目障りでいかん」
あっという間に じいさまの こぶを ぽん! と取ってしまいよった。
さて次は もう一人のじいさまの番じゃ。

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天狗たちが 嬉しそうに お囃子を始めたが
こっちのじいさまは 怖くて怖くて 動けない。
「それ 舞わんかい!」
じいさま 膝はガクガク 腰はヘタヘタ 歯はガチガチ 鼻水も タラタラ。
「なんじゃい。もうちっと 威勢よく やらんかい!」
天狗の怒鳴り声を聞いて じいさま いよいよ縮み上がり
「わぁーん わぁーん」 と 泣き出す始末じゃ。
天狗たちは すっかり興醒め。
「お前のような腰抜けは 二度と見たくないわい」
ぱしっ!
と さっきのじいさまから取ったこぶを こっちのじいさまの 
ほっぺたへ くっつけてしまいよった。
こぶが二つになった じいさまは また「わあわあ」と泣くばかり。
でももう どうすることも できなかったって。
天狗は つまらなそうな顔をして さっさと 行ってしまったとさ。



この絵本は話も面白いけど、瀬川康男さんの描く天狗の表情の変化が何とも可笑しいのです。

実は、私は昔から、この「こぶとり」の話を不思議に思っていました。
なぜなら、私の知っていた話には、「意地悪爺さん」も「欲張り爺さん」も登場しないからです。
昔話というのは、大抵は悪者や意地悪な人が懲らしめられるようにできているのに、
踊りが下手なだけで懲らしめられるなんて、それはあな恐ろしや。

それはさておき。
「こぶとり」の類似物語というのは、世界中に分布しているそうです。
日本では「宇治拾遺物語」に見られ、そこでは「ものうらやみはせまじきことなりとか」と書かれています。
また、江戸初期の「醒睡笑」にも登場しています。

とある絵本作家の講演会で聞いたことですが、最近は昔話を知らない子どもが多いそうです。
その作家は「誰でも知ってる有名な話」のパロディーを作ることを得意としていますが、
元の話を知らぬ子どもの何と多いことか、と嘆いていました。
私も数年前まで学習塾で国語を教えていましたが、
「イソップ物語」を知らない中学生が普通に存在することに驚愕したものです。

元来が口承文芸ですから、昔話に「これが正解」というのはないのかも知れませんが、
一応の基本骨子というものは存在しています。
変化やパロディーを笑えるのは、基本が他にあるからなのです。


さて、現在の私。やはり「こぶとり」には、
他人を羨んだり、欲張ったりするお爺さんは出てこなくていいと思っています。
幸運も不運も、必ずしも因果応報的に現れるとは限りません。
芸は身を助けることもあるでしょう。でも、芸は身の仇なんて言葉もありますしね。
何にも悪いことなんてしてないのに、災難に遭うことだってありますよ。
ま、人生なんて、そーゆーもんですね。


ということで、私の一番共感できる「こぶとり」の解釈は、これですね。


    ・・・この物語には所謂「不正」の事件は、一つも無かつたのに、それでも
   不幸な人が出てしまつたのである。それゆゑ、この瘤取り物語から、日常
   倫理の教訓を抽出しようとすると、たいへんややこしい事になつて来るのである。
   ・・・(中略)・・・性格の悲喜劇といふものです。人間生活の底には、いつも、
   この問題が流れてゐます。            (太宰治「瘤取り」より)
   
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by haruno-urarano | 2009-08-06 17:13 | 日本の絵本